源氏物語千年紀

2008年は、「源氏物語」が記録の上で確認されるときから、ちょうど一千年になります。 京都を中心に日本文化の奥深さ、素晴らしさを広く国内外の人々に知っていただこうと、様々なイベントが開催されます。
また、宇治は源氏物語の宇治十帖にも描かれており、三室戸寺には「浮船の石碑」があるなど所縁がございます。 源氏物語にゆかりのあるスポットとして訪れてみてはいかがでしょうか。

 

源氏物語千年紀によせて - 源氏物語ゆかりの地を巡る -

紫式部の筆になる「源氏物語」の時代、宇治は貴族の山荘が営まれた勝境でした。 「源氏物語」五十四帖の最後の十帖は、主に宇治を舞台にしており、世に「宇治十帖」 として知られています。「紫式部」も宇治を訪れたことがあるからこそ「宇治十帖」の 風光を描くことができたのではないでしょうか。

浮舟の古跡とは
「宇治十帖」にちなみ古来より「宇治十帖の古跡」が設けられ、多くの人々が「源氏物語宇治十帖」を偲びながら、 ゆかりの地として巡るようになりました 三室戸寺鐘楼脇に「浮舟古跡」と刻まれた古碑がありますが、これは二百五十年前の寛保年間「浮舟古跡社」 を石碑に改めたものです。その折古跡社のご本尊「浮舟観音」は当山に移され、今に浮舟念持仏として、伝えられています。

三百五十年前の承応年間に鋳せられた当山鐘銘にも「浮舟」の名は刻まれています。また「山州名跡志」 にも「浮舟宮」とあり少なくとも江戸初期からは名勝として知られていたものでしょう。

宇治山の阿闍梨とは
光源氏の異母弟「八宮」はもとより「薫君」も「宇治山の阿闍梨」を仏道の師として深く帰依していました。 当時、宇治には山寺として知られた寺は三室戸寺のみで当寺の僧をモデルとして描いたのではないでしょうか。 因みにやや時代が下りますが「宇治拾遺物語」には藤原一門の三室戸僧正隆明が名声高き僧として記されており、 当寺が藤原期に有名寺院であったことが知れます。

 

阿闍梨の住む山寺と浮舟の父八宮の山荘の位置
八宮の山荘は、宇治川の瀬音が聞こえる宇治川右岸にあり、山寺は鐘の音が微かに届く山中とありますので、 現在地でいえば、八宮山荘は宇治橋下流、山寺は三室戸寺ではないでしょうか。