蛇(巳)に縁のある寺 三室戸寺

蛇体橋の話(宇治民話の会)
三室戸寺の入口に架かる小さな橋を蛇体橋といいます。この橋名の由来民話を紹介します。

蛇体橋

やましろの民話

 宇治の三室戸寺には、参道の入り口に小さい橋がある。名を蛇体橋というてな、 なんでも雨の降る日には橋の裏側に、蛇の影が現れるのやそうな。  ずっと、昔のことや。山城の綺田(かばた)村に、三室戸の観音さまを信仰している心のやさしい娘がいた。

 ある時、娘は村人が蟹(かに)を殺そうとしているのに出くわし、 「魚の干物をあげるから、逃がしてやっておくれ」と頼んで、蟹を助けてやった。  さて、ある日のこと。その娘の父親が畑に行くと、蛇が蛙(かえる)を飲み込もうとしていた。 そこで父親は、「蛙を放してやりなさい。放したら、わしの娘をやるから。」と、蛇に言うたのや。蛇はすぐに蛙を放し、やぶの中に消えていった。

 その夜、蛇はりりしい若者に姿を変え、父親のところへやってきた。 「約束通り、娘をもらいにきたぞ。」  父親はびっくりぎょうてん。 「三日後に、来てくれ」 と、言い逃れをして蛇を帰したのや。

 三日後、娘は戸をしっかり閉めて部屋に閉じこもると、三室戸の観音さまを念じながら、一心に観音経を唱えた。 恐ろしくて気が遠くなりそうなのを必死でこらえてな。 外で娘を待っていた若者は、ついにしびれを切らし、蛇の姿にもどると、尾で戸を打ち破った。 「観音さま!」  娘が叫んだとたん、たくさんの蟹がこつぜんと現れ、はさみをふり立てて蛇に切りかかった。怒り狂う蛇を退治したのや。

 翌日、娘は三室戸寺へお礼参りに、出かけた。途中で雨が降りだし、三室戸寺についたころには、本降りになっていた。 娘が参道の橋を渡り、なにやら気配を感じて振りかえると、橋の上に蛇が横たわっていた。 蛇は悲しげな目で娘をじっと見つめると、橋の裏側にまわり、ふっと姿を消したのや。  雨が降る日には蛇の影が現れる。 いつしか人々は、この橋を蛇体橋と呼ぶようになったのや。

後日譚・・・娘は蛇を供養するため、蛇の姿をした『宇賀神』を奉納したと伝えられています。

宇賀神

 

錦絵に見る蛇(巳)にまつわる霊験話

錦絵

出典資料
国際日本文化研究センター

錦絵解説

山城国綺田村の農夫の娘は、髪のほつれもかまわず経巻を開き、一心不乱に『観音経』を読誦している。  娘が蟹を救ったことで蛇の害から免れる、いわゆる蟹報恩の話は、全国に伝承されている。文献では『法華験記』に記す蟹満寺縁起が初出であるが、ほぼ同文が『今昔物語集』『古今著聞集』などにも収載されている。この蟹満寺の縁起譚を用い、三室戸寺の霊験が語られている。

 『観音経』を信奉して殺生をしない娘は、村人に捕まえられた蟹を助けた。一方、信心深い父も、蛇に呑まれそうな蛙を救うため、たわむれに娘をやるとの約束をした。蛙を放し、約束をたがえずやってきた蛇は、本文によると蛇身もあらわに室の戸を破り娘に襲いかかる。ただし図中、蛇の化身は若小姓姿のみで、尾は描かれていない。

 忽然としてあらわれた多数の蟹は、蛇の化身を囲み足元から切り刻もうとしている。その蟹のあらわれた源は、扁額中左下に流れる宇治川である。遠くこの宇治川から次第に形をあらわしながら無数の蟹が、這い上がってきたのである。  経机の手前には、香炉が転がり線香からは煙が上がっている。こぼれて散った灰も、蛇の来襲に娘が動転し、切羽詰った雰囲気を感じさせる。